量少な目で丁度良いです。
ぴよこ柄のナルト?が可愛い。
油そばにしてはアッサリ目でおいしかったです。
スープ付き!
やき弁みたいだ!いいぞ!
チキンと聞いて。
可愛いなあ。食っちまいたい。
梅雨明けました。
今日はオフ会。
アグスタセレブの会が集うということで。
サーキットの写真はなし!
暑さで忘れてました。
走行中の写真を友人の連れが撮ってくれていたので、後で追記します。
帰路。
この時間で。
走行は午後のA枠でしたが、ピーク時の路温は60度近くまで上がりました。
ブリーフィングでアドバイザーの小室さんも言ってましたが、タイヤが機能するに最適な路温範囲を越えてます。
新品だろうが年越しだろうが、等しくフル性能を発揮しません。
でも、喰ったか確認してから慎重に開ければちゃんと走れました。
小排気量とリッターバイクでは異なりますが、
同じリッターバイクで同じ銘柄のタイヤで走ってて、速い人が速く走れてるのに「グリップしない!」ってのは、気のせいか操作がラフなせいかサスが機能してないかだと思います。
タイヤのせいじゃないです。よ!
2本の走行とも、基本的にはカルトレーシングのレース班入りを目指す友人を引っ張ってスパルタ走行でしたが、
個人的にもペースを落としながら色々試すことができました。
あ、今日も空冷機です。
ターンインからクリップ迄の、アタマをセンターに残したフロント荷重と深目のバンク角。
と。目線。兎に角、出口とその先を見る。
が作り出すラインを確認しながら。
クリップベタ寄せになると、そのままゼブラに乗り上げるんじゃないかと、どうしても目線が近くなり身体にも力が入り、結果起こしてしまいます。
視界の下端でボンヤリと捉えるクリップの視野感覚に馴れないとダメですね。
フロントからリアへの過渡期の身体の使い方を思い出しながら、身体を前後左右に大きく動かすトレーニング。
最終ラップのタイムは6秒掠る位でしたが、平均して8〜9秒台のペース。
速度やラインの異なる車両の邪魔をしないような走行でしたので、十分満足です。
先週より楽しく走れました。
今日の戦利品その①
カエルさんから。
監督とチーフに。
その②
センセーから。
何故この季節に長袖…┐(´д`)┌
コレは猛暑日らしく自分へのご褒美。
本日の○と✕
○
セパハンの乗り方、ドカの乗り方を思い出しつつあります。
450には内腿引っ掛けて減速Gに耐えるタンクは、ありませんでしたからね。
セッティングを始める迄には至ってません。
ベースセットでもう少し乗り込んでからですね。
熱中症必至な暑さでしたが、スポーツしてるときの暑さと汗は不快ではありません。
都内で仕事してる暑さと汗とは質が違います。
✕
走行の合間、レース班は勿論ドラサロなんぞには行かず、ゼリー飲料やバナナ、塩飴やスポーツドリンク等で水分とミネラルを補給し、身体を休めましたが、
サーキットdeツーリング班はガッツリとメンチカツ定食なんぞ食ってやがった。
吐くよ?
と、ボクの脚の痛み。鼠径部と膝、腿。
病院にも行ってるのですが治りません。
元凶は3月のスキーレースからなのですが、
筋肉や関節の炎症から来る痛みが、4月から長時間となったデスクワーク(旧い椅子や机の高さが合わない)で鬱血し、より悪化しているのではないかと。
友人のセンセー(専門外)にも相談しましたが、神経やリンパではなさそうなので、
動かさずに時間かけて治すしかないようで。
動かさざるを得ないし。結構キツイです。
脚力も落ちました。
追記
写真頂きました。
1ヘア立ち上がり?
空冷機に乗る自分の姿を見るのは初めてかも。
ありがとうございます。
…無転倒のうちに手放そうかなぁ。
先月京都へロングランした時の事です。
(カスノさんにて)
現地の友人である先輩をお乗せしたのですが、先輩は意外なことに、オープンカー童貞でして。
「どうです?最高でしょう?」って誘導尋問しながら古都を流したのですが、その時の反応で面白かったのが、
「自己愛の補完に良いかも」
と言うものでした。
先輩はモテチンでイケメンのナルシスト野郎だと思ってましたが、
内実そうでは無く、イケメンでモテチンだけど自己愛低めなんだ、とか宣う。
(先輩近影)
ソレも母性くすぐり系のモテ戦略かよ!けっ!
って看破したボクなのですが、
オープン歴がソコソコあるボクからすると、その感覚には共感出来るところは有るにはあるけど、チョット違うかも?と、思ったんですよね。
先輩が仰る「自己愛の補完」が何を指すのか?芯食った理解が出来ていない気もしますけども。
若い頃、20代でビートに乗ってた頃を思い返すと、確かにその感覚は強かったかも、と思ったのですが。
自己愛の低さの裏返しで、カーニバルイエローのオープンカーでユーロビート流しながら伊豆の海辺を往復してイキるくらいに。
ですが5年前、再びビートのハンドルを持ってみて感じたのは、真逆に近い感覚。
周囲の目を意識するより、単に、脳天気にチープな開放感を味わうコトが意識の過半を占めていました。
「日常」という煤けた日々を生きるシガナイ中年男が、空に続くパーソナルスペースで加齢臭を風で洗い流すのです。周囲のことには意識が及ぶ暇もなく。
経験はないのですが、多分、町中でゴリラやモンキーに乗ってるオジサン居るじゃないですか。彼等と同じような感覚なんじゃないかなぁ。
自身の「ノー天気な行為」への自負はそれなりにあるけど、自分が思うほど、人は他人の事なんて見ちゃいない、ってことが分かるような歳になったってことも、あるのかも知れません。
俺のことなんて誰も注目しちゃいねよ。
(首都高にて出遭ったビート)
ボクとしては、合法的にノーヘルで乗れるバイクに乗ってる感覚。
バイク降りた代わりに手に入れた、或る一部分ではバイクより気持ちよく、楽しい乗り物。
という認識でした。
でした。
先日、それだけでも無い事に気付きました。
子供を乗せると、たとえ雨でも
「屋根開けて」
とせがみます。
クルマというより、遊具に乗る感覚。
これは、ビートでもA5でも変わらないようです。ビートのほうが、助手席に座れる分、遊具感が強いようですが。
そう。
屋根付きのクルマは移動の道具ですが、屋根が開くと、違う乗り物になるようです。
そして、それは、運転するボクと彼女との関係性も変えてくれます。
彼女を保育園へ送るのはボクの役得なのですが、
乳児のころは、ベビーカーに乗せて送ってました。
彼女を乗せたベビーカーを押しながら、通園路の緑道で交わす会話や道草が楽しかった。お喋り出来ない頃は、一方的に話かかけて。
今日は暑いね。お父さん夏は嫌いなんだ。だって暑いし。でも風が気持ちいいね。花の匂いがするね。面白い形の雲だね。今日は雨になるかな?
双方向になってからは、彼女の興味が赴くまま寄り道したり。
チューリップが咲いたら「チューリップ」を歌い、蝶を見つけたら一緒に「ちょうちょ」を歌い、雪が降れば「雪のペンキ屋さん」を歌い。
無駄に遠回りしたり、朝のバタつく移動を制限時間内で、めいっぱい共有しました。
その共有体験が、オープンカーに乗ることで延長できるのです。
「屋根開けて」
暑いよ?いいの?よし。アチー!風吹いても暑いね!これから3か月も暑いんだよ。やだなあー。お父さんは夏が嫌いなんだ。毎日言ってるけど。あ見て。雲。夏の雲だね。梅雨開けたよ。蝉。煩いなあ。アブラゼミだな。今年はもうセミの抜け殻見つけた?あまりたくさん拾ってきたらお母さん困るから少しにしなよ。
車外の季節の移ろいを肌で感じ、共有しながら、ベビーカーで散歩していたころのようなコミュニケーションが取れるのです。
こう書いても、字ずら追うだけでは伝わらないかもしれません。
ベビーカー押したことの無い方にも同様かも。
ですが、バイクでタンデムして、パッセンジャーとインカムで会話しながらツーリングしたことがある方なら、この感覚を共有できるんじゃないかなあ。
つまり、車に対して移動手段以外の価値を求める人種にとって、
オープンカーはコミュニケーションツールとして他にはない素晴らしいポテンシャルがあるよってことなのです。
(夜風が心地良かったのでお台場へ)
まあ、
この体験の共有があと何年延長できるか?
期限付きということも分かってるからこそ、替え難い価値を提供してくれているとも思うのです。
あ、そうそう。
彼女や夫婦だとまた違う有用性もあると思います。
屋根開けて喜ぶか嫌がるか、最初だけかずっとか。
性格診断や深層心理テストにも使えるんじゃないかな?
しらんけど!